
『パープルM』開発物語
ノウタスの髙橋明久です。
2025年9月16日、ノウタスは大阪・関西万博で「パープルM」という品種を発表しました。
この開発経緯や、「パープルM」に込められた想いなど、断片的には色々な場でお話してきたのですが、改めてお話したいと思います。
社内のメンバーも登場しますが、呼び捨てはなんだか話しにくいので今回は「さん」付けで話します。ご了承ください。

Contents
物語の始まり
すべての始まりは、本当に偶然の出会いでした。
2022年の秋、僕が「人生に農を足す」をコンセプトにノウタスを立ち上げて半年ほど経った頃。20年ちかくのお付き合いであるインコムの荒井社長から「アフリカでコーヒー豆を育てている面白い先生(椿進先生)がいるから」と、ある飲み会に誘われました。
実はその場は、文化放送『村上信五くんと経済クン』という経済番組のゲストのオフ会だったのですが、私はそんなことも知らずに足を運んでいました。
その席で、ひときわ腰が低く、参加者一人ひとりの話に真剣に耳を傾けている男性がいました。
「今日はみなさんから色々勉強させていただくために来ました!」と下座で謙虚に話を聞く姿に、僕はてっきり椿先生の助手の方なのかな、と思ってしまったほどです。
その人こそ、よく見れば村上信五さんだったんです。
その場で僕も、立ち上げたばかりの会社の夢を語りました。
「農業に興味がある人はいっぱいいるが、実際に関わる人は少ない。畑に立つだけではない、柔軟で多様な農業への関わり方を、まずは自分たちで実践して、人や企業を巻き込みたい。それが『人生に農を足す』=ノウタスが目指す未来なんです」
村上さんも「自分も本業を軸にしながら農を足す働き方ができるかもしれない」「その経験を本業にも還元できるかもしれない」と、すごく共感してくれました。
話が弾むうち、ぶどうの「シャインマスカット」などの品種改良の話に。
そして、村上さんから、「僕のメンバーカラーは紫(パープル)なんです。村上の『M』とマスカットの『M』を合わせて、『パープルM』っていう新品種、作れないですかね?」と。
「それは面白い!」と盛り上がり、「一緒にやりましょう!」と帰り道で固く握手を交わしました。
飲み会での話はそこで終わるのがほとんどですが、お互いの熱は冷めず、その話をした次の週末には、僕と村上さんで長野にある取締役の岡木さんのぶどう農園まで足を運びました。
そして、ぶどう農園を眺めているうちに、なんとなく実現できるんじゃないか、という妙な自信が出てきて、帰り道に約束しました。
「やるならお互い本気でやろう」「3年後の大阪・関西万博でのお披露目を目標にしよう」。
そして、翌年2023年4月、村上さんは正式にノウタスの一員になりました。
「高槻」と「小粒」への想い
とはいえ、品種改良はまさに手探りからのスタート。交配の理論は知っていたのですが、自分で実践したことはありませんでした。
国内の育種家を訪ね歩き、開発時間を短縮できないかと北海道大学に相談して遺伝子解析のワークショップを開いたりと、必死の日々が続きました。
また、僕と村上さんが二人とも大阪府高槻市にゆかりがあるとわかり、「いつか『パープルM』を高槻で育てたいね」とも語り合っていました。そして、調べてみると、驚きの事実が。
かつて高槻市の樫田地区はブドウ栽培に挑戦していたものの、2018年の台風被害をきっかけに耕作放棄地になっていたのです。
「ここを僕たちなりのやり方で再生させよう」
高槻市に相談して農園を引き継ぎ、「シェアツリー」という農園会員サービスを始めました。「だれでも関われる農業」を高槻で実現し、その象徴として「パープルM」を育てたい。
僕たちの夢は、より大きく、具体的になっていきました。
同時に市場のトレンドにも向き合っていました。今はシャインマスカットが人気で、新品種は大粒・高糖度を目指すものが多い。もちろん、どれもおいしいですし、私も大好きです。ただ、生産者視点では、粒が大きくなればなるほど、雨などで実が破れるリスクも高くなり、栽培は難しくなっていきます。
大型化だけがブドウの未来じゃないはずだ。もっと多様な選択肢があっていい。
大阪はデラウェアの名産地。小粒で親しみやすいブドウの文化が根付いています。「みんなが関わる」高槻農園には、誰もが育てやすい、そんな品種こそふさわしい。私たちは、あえて「小粒」をコンセプトに掲げることにしたのです。
「パープルM」は品種の研究開発以外にも取り組んでいます
新品種が安定して皆さんのもとに届くまでには、数年、もしかすると10年以上かかるかもしれない。その間にも目の前のぶどう業界の課題を解決していくことに取り組んでいきたいと考えていました。
そんな背景から、パープルMのコンセプトに「ぶどうをもっと楽しく、もっとおいしく、もっと身近に、もっと無駄なく。」を掲げて、日本中のぶどう農家さんの規格外ぶどうを使った加工品(ぶどうのバウムクーヘンなど)の商品企画や、着色不良ぶどうのリブランディング、生産へのAIの活用などにも取り組んできました。
新品種の完成を待つだけでなく、目の前の社会課題を解決しながら、自分たちの生産、流通、販売、ブランディングといった土台も整えていくこと。これもパープルMプロジェクトの大切な取り組みです。
夢の万博、そして本当のスタートラインへ
手当たり次第でもなかなか成果が出ず悩んでいた時、おそらく日本一のブドウマニアであり、いつも色々相談していた少年Bさんの紹介で、「マスカットジパング」を生み出した著名なぶどう研究家、岡山の林ぶどう研究所の林慎悟さんと出会いました。
林さんの農園に伺って交配技術を直接学ばせていただいたり、何度もディスカッションをするなかで、林さんには、私たちのコンセプトに深く共感していただきました。
そして実は、私たちがお会いする以前から「経済クン」のリスナーだった林さんは、ラジオで聴いた「パープルM」構想を聞き、「これは面白い」と、そのコンセプトにインスピレーションを受けた品種の開発にすでに着手されていたんです!
この奇跡的な出会いで研究開発は一気に加速し、ついに2025年の8月に「パープルM」のプロトタイプと言える実が成りました。
そしてまた色々なご縁で大阪・関西万博内にある醗酵食堂さんを会場としてお借りすることができ、「万博でお披露目しよう」という、あの日の夢が現実になりました!!
本当に色々な方のお力でここまで来れました。ありがとうございます!
しかし、ここからが本当のスタートです。発表したものはあくまでプロトタイプ。改良がまだ必要ですし、安定的に生産できるようになるには、あと数年はかかるでしょう。それに世の中のトレンドとは逆行していることもわかっています。失敗する可能性も大いにあります。
でも、誰でも気軽に育てられて、気軽に味わえるブドウを世界へ広げることに挑戦したい。
ノウタスの経営理念は「Win-WinよりもFun-Funに」。
パープルMも、Win-Winなぶどうになれるかは未知数ですが、Fun-Funなぶどうにはなってみせます!
「パープルM」が皆さまのお手元に届く日まで、もうしばらく時間がかかりますが、この挑戦を温かく見守り、応援していただけると嬉しいです。