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ノウタス 植物工場

植物工場は“国の戦略”になった。それでも露地栽培はなくならないと思う理由

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農家のひろゆきです。

最近、植物工場の話を聞く機会が増えてきました。

ニュースや政策でも「食料安全保障」とか「安定供給」っていう文脈で語られることが増えてきていて、現場にいる側としても、この流れは無関係ではいられないなと感じています。

なので一度、いま起きている変化を、自分なりの感覚で整理してみようと思いました。

結論からいうと、これは「露地栽培を全部置き換える」っていう話ではないと思っています。

むしろ、読みにくくなってきた自然条件に対して、もう一つの生産基盤を持つ、という話なんじゃないか。そんなふうに見ています。

なぜ今、植物工場なのか

現場にいると、その理由はわりとシンプルで、やっぱり天気が読みにくくなってきている、これが大きいです。

  • 暑さが長引く
  • 急に大雨が来る
  • これまでの感覚が通用しにくい

消費者のほうが、値段の上下でその変化を感じているかもしれません。

でも畑の側は、もう少し直接的です。

日本は高温多湿で、もともと病気や害虫が出やすい環境です。そこに天候の振れが重なると、収量や品質が一気に崩れることがあります。

大雨で畑がやられて、その年の見込みがほとんど消えてしまう。これも特別な話ではなくて、普通に起こり得ることです。

だからこそ、「環境をある程度コントロールする」っていう発想が出てくるのは自然な流れだと思っています。

しかも今は、天気だけの話でもないんですよね。

ロシアのウクライナ侵攻以降、肥料が上がる、資材が止まる、物流も不安定になる、ということが続いています。

「足りなければ外から入れる」っていう前提も、少しずつ崩れてきている。

そう考えると、植物工場っていう選択肢が重くなってきているのは、ある意味自然なことなんだと思います。

自分の中でやっていること

僕自身も、露地とハウスを分けてぶどう栽培をやっています。

安価な露地と、高単価のハウス。どちらかに寄せるのではなく、分けて持つようにしています。

こうしておくと、天気で崩れても全部がゼロになりにくいんですよね。

これだけでも、気持ちの持ち方が少し変わりますし、畑に立つときの感覚も違ってきます。

実際にやっていても、環境を少しでもコントロールする意味は、年々大きくなっていると感じています。

ただ同時に、露地の良さもやっぱりあります。

全部を制御する方向に振り切ればいい、というほど単純でもない。

だから自分の中では、どちらかを正解にするというより、どう分けて持つか、どう崩れにくくするか、そういう感覚で考えています。

ただ、そのままだと厳しい

とはいえ、植物工場で全部うまくいくかというと、もちろんそうでもないです。

植物工場は、環境をコントロールできる分、コストが重い。

  • 電気代
  • 設備投資
  • 維持管理の負担

安く売る前提だと、なかなか成立しにくいんですよね。技術があることと、続けられることは別だと思っています。

一方で露地は、コストは低めでもリスクが高い。

  • 天候
  • 病害虫
  • 収量や品質のブレ
  • 全滅リスク

つまり、どちらにも弱さがある。どちらか一つだけで全部を解決するのは、やっぱり無理がある構造です。

だから組み合わせになる

結局のところ、露地か工場かではなくて、どう組み合わせるか、なんだと思います。

露地でコストを抑えるところは抑える。ハウスや制御で守るところは守る。

全部をコントロールするんじゃなくて、必要なところだけコントロールする。

この引き方というか設計が、今すごく問われている気がしています。

農業って、利益を出すことも大事なんですが、それと同じくらい「全部を失わない設計」にしておくことも大事だと思っています。

そして、間に立つ人

もうひとつ大事だと思っているのが、この間に立つ人の存在です。

露地と植物工場って、考え方がかなり違います。自然に合わせる世界と、環境を作る世界。

この2つは、そのままだと分断されやすい。

だからこそ、その間に立って、どうつなぐかを考える人が必要になる。

農業だけじゃなくて、テクノロジーやビジネス、設計の視点も持ちながら、それを現場に無理なく落とし込める人。

新しい技術を知っているだけでも足りないし、現場を知っているだけでも足りない。

両方の言葉をある程度わかって、間をつなげる人が必要なんだと思います。

しかもその技術を、平均年齢70歳とも言われる農村の現場に、ちゃんと断絶なく届けられる人。

そういう存在が、これからはますます重要になってくるんだろうなと、畑にいながら考えています。

最後に

こうして見ていくと、これは単なる栽培方法の話というより、農業インフラの話に近いのかもしれません。

天気と一緒にやる農業と、環境を制御する農業。

どちらかを選ぶというより、どう組み合わせるか。

農業は今、その全体設計を問われているタイミングに来ている気がします。

その中で、自分がどこに立つのか。それはしっかり考えていきたいと思っています。

そして、ノウタスとしても、こうした“あいだ”の領域に少しずつ関わっていけたらと考えています。

露地と工場、現場とテクノロジー。その間にあるギャップを、どうやって現場に馴染む形でつないでいくか。

まだ答えはこれからですが、現場に立ちながら一つずつ形にしていきたいと思っています。

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